マヨエール 母さん 今日も悩む

発達障害の息子 中学受験の娘 社会復帰の私 

高校選び

 

緊急態制限が解除され、息子の高校が始まった。

息子は、学習障害、トゥレット症があり、登校困難な時期があった。

普通高校以外の選択肢を視野に入れ、昨年より学校見学や説明会に参加してきたので、ある程度は絞れている。

それにしても、都内が突出しているのだと思うが、高校は沢山ある。ありすぎるくらいだ。立地や学費、パンフレットの内容、合同説明会やネットでの説明会等で話を聞き、いくつか目星をつけた。

まずは、新宿山吹高校定時制だが、夜からの学校というより、登校時間を選んで受験できる。単位制のため、クラスにしばられない。学校説明会や文化祭に参加した感想は、実際に通学している生徒さんの印象がよく、多様性の中にもしっかり学習ができるよう先生のフォローが期待できると感じた。

費用:公立高校                                普通科と情報化があり、倍率が高い。

 二つ目は、N高校。角川とドワンゴが創立した通信高校。週5日通学コースあり。  学校説明会も仮授業参加もZOOMで可能。いち早く情報がわかる。独自のカラキュラムが魅力的。

学費:私立高校よりめ。                            学科試験なし。

学校説明会に参加した感想。独自のカラキュラムが非常に魅力的。一方、創設されて数年なので、卒業後の生徒がどのような道に進むか明確でない。受験がなく、入学後も普通高校より規則がないため、楽な方に流れないか懸念がある。

 

その他、通信や私立の普通高校も幾つか検討中だが、この2つが候補だ。息子は普通高校へ行くのが当たり前で、通信や定時に抵抗があったが、自身の体調やどのような高校生活を送りたいのかを考慮して、この2校を検討するようになった。

 

私は、普通高校→大学→一部上場の企業就職 と昭和に良しとされた経歴であるが、今振り返るとつまらなかったと思っている。経歴がつまらないというより、自分で考えて決めた進学、就職ではなかったから、後悔がある。40代半ばも過ぎ、10代特に20代をもっと大切に過ごせばよかったと思っている、目先の利益や見かけのよいものばかりに、飛びついていた。私のまわりには、それが良いとする考えの大人ばかりだった。   自分の子供達には、進路や仕事は、熟考して自分で決めてほしいと思っている。難しいのは、私の考えを押し付けることなく援助することだ。子供は自分と違う人間だから、話し合いをするときは、親子でも対等であることを念頭に置いている。

 

 

 

不要不急閉じこもり生活

不要不急閉じこもり生活でよかったことをあげてみる。

・U-NEXTに入り、海外ドラマ「ウォーキングデッド」を楽しめている。

・久しぶりに読書をするようになった。知識や考えが少し広がった。

TOEICの勉強を始めた。

・英語が苦手な息子が、英語の長文を読めるようになってきた。

息子は昨年英語の塾を辞め、私がみることに。私の英語力が上がり、教え方のレベルがあがったのではと感じている。また、ゆっくり丁寧に教える時間を持てた。

・料理のレベルが上がった。家族から「前よりおいしい」と。 

・仕事と家庭のことで疲れていたことに気づいた。休めた。

・自分の時間を大事にしようと思えた。

・お酒を飲む日が減った。時間を有効に使うために、あえて飲まなくなった。飲まないことにストレスを感じなくなった。

 

私の仕事は来月も休業である。休業中は通常の40%の給与の支給となり、経済的にも働きたいのだが1か月だけの短期バイトも見つからずどうやってすごそうかと思惑中だ。

しかし、1か月半余りの時間、もう少し自分を一番に考えようとするきっかけになった。多くのお母さんたちが、家族を一番に考え自分のことは2の次で生活していると思う。家計のため、子供のため、仕事も家事も楽しんでない私だった。

読みたい本、観たいドラマや映画がある時は、ささいな用事は後回しにできたり、子供の予定に合わせて行動するとことも減った。そして「今、勉強中だから」「今、ウォーキングデッド観てるから」と家族にも、はっきり断られるようになった。このことは、今までと別の意味の充実感を与えてくれた。

物質的なものでなく、精神的な充足感は、自分を見つめなおし、前向きに方向に導いてくれるのだと感じている。

 

 

 

 

休校中の母親-私の場合

久しぶりの投稿だ。子供たちの休校から2か月半近く経った。私の職場は、4月8日よりRWとなりずっと家にいる。休校中の私は家事+英語+海外ドラマで過ごしている。

 

うちの子たちは公立校で、学校から紙ベースのプリントが配布されただけで、きちんと回収もされず、先生方も配布物を把握されてないようだ。

 

下の子は、受験塾へ通っているので、動画やZOOM授業、電話、郵送ときめ細かい学習指導がされている。さすが大金を払っているだけある。

 

上の子は、数学だけ少人数制の塾へ行っているが、1か月半何もなし。先週ZOOMの授業が始まった。英語は私がマンツーマンで教えている。他の教科は、費用や手間を考え、スマイルゼミというタブレットの学習を始めた。
数学の塾が、17000円 スマイルゼミが8000円位。

 

英語は数学と同塾へ1年ほど通ったが、成果はほぼなしだった。(1教科17000円位)この塾の前は、発達障害学習障害の子供の専門塾へ通っていたが、講師が女性しかいない、内容が難しくってからは、成果が見られない、コスパが悪すぎる(1教科修週1/27000円!)、本人からも普通の塾へ行きたいと要望があり辞めた。

 

英語は毎日の積み重ねが大事な勉強であり、私自身英語の勉強が嫌いでない、自分も学び直したい気持ちもあり、私が教えることになった。

 

人に教えるのは、予想以上に難しい。教科書ガイドだけでは太刀打ちできない。息子の弱いところを見定め、フォローする。感情的にならず冷静に…WISK検査でワーキングメモリーが、他の項目に比べ極端に低く、集中力が低く、また、漢字やアルファベットように、意味のないもの(感じも訳のわからぬ図形のように見えるようだ)を、覚えることが不得意なことは、わかっている。本当にその通りだと痛感する。

それでも、私があきらめたら、英語のテストは10点もとれないだろう。中二になり50点をとれることがなくなった。できない自分に開きなおれるような子だったら、どんなによかったか。できない自分に落ち込む子だ。(私に似たのだと思う)どうやって教えたらいいか、ネットやガイドを見て模索中だ。

 

海外ドラマは「ウォーキング デッド」にはまっている。ウイルス感染により、人が殺人ゾンビになるという暗い話だが、危機に陥った時の人の行動や気持ちが、面白く表現されている。英語のヒアリングにも良い。

 

5月末まで続く、この生活。

不安や疲れで文句ばかり言ってしまった時もあるが、自分の英語の勉強と「ウォーキング デッド」という、新たな取り組みができたことはプラスだ。

 

 

私の仕事事情

専業主婦になって子育てして暮らす、30歳までの夢だった。

その後、それは叶ったが現実は甘くない。いづれ購入しなければならないマンション代や、二人の子供の学費、劣化していく自分の姿に歯止めをしたい、せめて独身の頃と同じ位の値段の化粧品を使いたい、そんな状況と気持ちから、下の子が小学生になるころ、仕事再開をした。

 

私の経歴は以下のとおり

1997年4月 証券会社 営業 新卒入社
女子大生就職氷河期ため、正直嫌々就職したが、激務のおかげでかなり根性がついた

1999年 酒造メーカー 中途入社
残業も多く、結婚を機に退職(2004年3月)

ここからはアルバイト、パート

2004年5月 公文 採点 
流産をしてから、子供相手の仕事が辛く退職

2004年10月 市役所 事務 
妊娠のため退職

2016年1月 住宅展示場での呼び込み 
真冬外で立ったまま→ぎっくり腰になり辞める

2016年6月 家電会社修理コールセンター
職場の雰囲気やクレームに対応できず6日で辞める

2016年7月 社員食堂 準備、片付け
重労働で腰椎ヘルニアになり辞める

2016年10月 転職紹介会社 事務
仕事についていけず辞める

2017年1月 病院食 準備、片付け
重労働なしと騙されこきつかわれ、腰椎だけでなく、頚椎ヘルニアも発症(回復に10か月かかる)

2018年1月 社内 お弁当販売
楽な仕事だったが収入アップのため退める

2018年12月 派遣会社 営業 
この会社が決まるまで、4か月16社応募。やっとやっと採用してもらった。

 

2016年以降は自分でもあきれてしまう位仕事が変わっている。アルバイトとはいえ、無理しすぎたもしれない。特に腰も頸やヘルニア持ちになってしまった。

このころ長男の病症が悪化し、何かしないといられない気持ちだった。お金のためというより、自分のために家庭とは違う場所を持ちたかった。

12年専業主婦していて一番感じたことは、主婦業を社会は認めていないことだ。どんなに頑張っても、評価も何もない。特に子育ては、頑張っても上手くいかないことる。長男の病気を通して自分の無力さや悪意のない批判に、私は自信を失くしていた。
そんな自分を救う方法が仕事→働いて収入を得る、ことだ。

コロナの影響で、仕事へ行くことに不安もあるが(仕事は都心部での営業なので、電車や人の集まるオフィスは緊張)頑張って続けようと思う。

 

 

      

       

 

ゲーム時間の制限 

うちの子供達もゲーム好きである。休みの日は90分、平日は45分。時間設定をしてあり強制終了するようになっている。パスワードは子供には教えてないし、たまに変更もしている。友達が来てゲームをやるときは、3時間位OKにしている。

私も夫もゲームには良い印象がなく、以前はもっと短い時間設定だった。しかし、息子の不登校をきっかけに考えが変わった。

学校を休んでいた間、ゲームは1時間設定にしていた。息子は日中通信で知らない人ととゲームをしていた。ある時から、知らない人よりも、学校の友人とやりたいと思うようになったようで、みんなの帰宅時間に合わせてやるようになった。

ヘッドフォンやイヤホンにより、通信相手と会話もできるので、「はやく来いよ」「○○がいないと、つまらないな」と、言ってくれる子達がいたようだ。今思い出しても感激してしまう。このことをきっかけに、息子から「みんなに会いたいし学校へ行こうかな。」と言ってくれた。

私の子供時代にはない、現在の大事なュニケーションツールなんだと実感した。ゲームに救われている子もいると思う。外の世界で疲れた子が、不安なく楽しめる世界。

 息子の場合は、友人とのつながりになったが、知らない人でも共通の趣味を持つ仲間としてゲームを楽しむ子もいると思う。

このことがきかっけで、私もストリートファイターを家族やるようになった。私にとっては、子供達の世界を知ろうとする姿勢を、子供たちに示すツールである。眼精疲労、反射神経の低下は否めないが、今日もストリートファイターで子供たちに挑んでみようと思う。

 

 

トゥレット症とはなんぞや

息子のチックに気付いたのは、11年前彼が3歳くらいの時。瞬きが多いことだった。それから5歳で「チュッ チュッ チュッ」と舌を口の中の上面につけて鳴らす、音声チックが出現した。

小学生になり、匂いをかいだり、両こぶしをそろえ物にチョンと触れたりという行動が追加された。2年生になったときに、肩幅に脚を広げて両膝の内側をぶつけるという行動を横断歩道の真ん中で立ち止まってするのを見たときに、普通のチックではないと感じた。その時、ネットで知った「トゥレット症」という病名を知った。

トゥレット症とは、音声チックと運動チックが主な症状であり、他の症状を併発することが多い。自分では症状をコントロールすることができない。

3年生の秋に、症状が爆発した。行動・音声だけでなく、気持ちの中でもモヤモヤすっきりしない、不安感もいっぱいにあり登校が始まった。

以前から学習障害と注意欠陥症は担任の先生にやんわりとほのめかされていたが、この時まで複数の症状にピンときていなかった。

病院で正式に診断され、一旦は症状が落ち着いたものの、5年生以降はトゥレット症、注意欠陥多動症学習障害強迫性障害、不安症、起立性調節障害の症状に翻弄されている。

プラス、6年生までは喘息の症状もひどく入院することもあった。息子を妊娠する前流産をし、息子の妊娠中は切迫早産になり3か月入院したが、34週での出産になった。そんな経験もあり、息子を健常で生めなかったことで私は自分を責めている。

今年は受験生になる息子。どんな学校を選択するか思索の日々は続く。

40代 主婦の日記です (^^♪

 

家族にも内緒で私の抱えてることや頑張っていることを 書いてみようと思っています。

書くことで、日々の生活のモチベーションを上げることが できるのではないかと思っています。

私の一番の悩みは、発達障害の息子のこと。2番目は11年のブランクからの仕事復帰、 3番目は自己主張の強すぎる中学受験をする娘、4番目はマンション購入や投資。

そんなことを書いていこうと思います。